2.「終末論+ユートピア夢想」で多くの人が絡めとられる
前回はカルト宗教・思想の必須要素としてユートピアの物語があると書きました。
次に、カルト性を強化するために追加される要素「終末論」をご紹介します。
【終末論】ユートピアへ誘導するために恐怖が使われる
古代から現代まで多くの信者を獲得してきたカルトには、ユートピア夢想の他に幾つか共通の構成要素があります。
その一つが終末論(しゅうまつろん)です。
終末論とは「神の怒りが降り注いで人類が滅亡する」などの恐ろしい物語のこと。
人類滅亡の予言に怯え恐慌に陥った人々へそっと差し出されるのが、前記事で紹介したユートピアの夢想。
圧倒的に信者を爆増させ、信心を強めて逃さないようにするためにこの手順が用いられます。
終末論の例
終末論として説かれる代表的な教義には以下のものがあります。
◆キリスト教 … 新約聖書『ヨハネの黙示録』で人類滅亡と救世主の再臨が描かれています。救世主が統治する千年王国の後、最終的に世界は滅びますがキリスト教を正しく信じた者だけは天国へ行くと説かれます。
◆ユダヤ教 … キリスト教の原典とも言える宗教。ユダヤ教の旧約聖書では新約聖書と同じく人類滅亡の終末論が説かれています。ただし救世主が再臨するのではなく幸福に満ちたユートピア“新世界”の到来が説かれます。
◆イスラム教 … 聖典コーランによれば世界にはアッラーが設けた期限があり、その終末には地震が起きて天地(宇宙)が崩壊するとされます。最後の審判では教義に従った“行い”が重視され、天国行きと地獄行きが決まります。
◆末法思想 … 仏教のうち浄土宗や日蓮宗が説く思想。釈迦の死から千年後に仏教が衰えて人々が救われなくなる“末法”の世が到来するとされます。阿弥陀仏を信じれば死後に極楽浄土というユートピアに行ける、または法華経を唱えれば救われる等と説かれています。
◆共産主義(マルクス主義) … マルクスの唯物史観では、進化する歴史の当然の帰結として共産主義ユートピアの“新世界”へ辿り着くと説かれます。その前に資本主義が崩壊するという終末論が表現されています。
【終末論+ユートピア夢想】で信者を確実に虜とする
一般の宗教論では終末論が先に生まれ、ユートピアの物語は人々の絶望を解消するために後から生まれたものだと考えられています。
おそらく原始の宗教ではその通りだったでしょう。
しかし偶然に生まれた「終末論+ユートピア」という構成が人々の心を虜にすると分かったとき、この構成は積極的に用いられるようになったと考えられます。
あくまでも「信者を獲得したい」というカルト教団の目的から言えば、終末論は必須ではないのです。
ユートピア夢想だけでも欲望の強い人々は充分に惹きつけられ虜となります。
現代で自己啓発セミナーや引き寄せスピリチュアルにはまっている人々を見れば分かるでしょう。
“大成功してトップに立ちたい!”
“アファメーション(次元上昇)したい!”
“完全平等な共産主義の新世界を実現したい!”
等々……
欲に満ちて目の色が変わってしまった人たちの顔が浮かびます。
自分では高尚な目標のために献身しているつもりかもしれませんが、その根底には他人よりも上に行きたいという強烈な欲があるのです。
(人間には向上心という自然な欲があります。その自然な欲は良いものであり、向上心は必要です。しかし度を超えた欲望はカルトに利用されてしまいます)
欲望の薄い人たちには恐怖を
ただし欲だけでは振り向かない人々も大勢いることは確か。
そんな無欲な人々も掬い取るためにカルト教団は人類滅亡の物語を用意しています。恐怖で心をコントロールして釣るのです。
「神様を信じなければ人類滅亡して皆死んでしまう!」
「資本主義は必ず崩壊する!!」
といった恐怖の物語をばらまけば、ユートピアで釣れなかった人々もたいていは網にかかるでしょう。
現代でさえ高学歴者を含む多くの人々が網にかかっているのだから。情報の少なかった近代より前ならば、この時点で網にかからない人のほうが少なかっただろうと推測できます。
このように考えてくればカルト教の教義に終末論は先にあったのではなく、ユートピア夢想がまず先にあり、網から漏れた人々を取り込むために終末論の物語が採用されたのだと言えます。
また終末論は獲得した信者を虜として逃さないためにも利用されます。
恐怖のくびきから逃れられる人はそう多くはありません。
続き>>3.(終末論+ユートピア夢想)×唯一教=独善凶悪カルト
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